shin爺のぽかぽか日記

年金生活のおじいちゃんです。まだまだ元気?!車中泊・温泉大好き!

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一か月余りの一人暮らしが終わりました(^.^)/~~~

カナダから私だけ一人で帰り、以来一か月余りの一人暮らしでしたが、5月10日にやっと家内もカナダから帰ってきました。         

                                           

一人暮らしの間に料理に挑戦し、前回のブログでそれを紹介しましたが、その後他の料理も作りましたよ(^_^)
肉うどん・・・

大根のオイマヨサラダ(オイスターソースとマヨネーズを合えたもの)。
酒のつまみに持ってこいの味です。ツナを入れても美味しいかも?

孫娘に作った味噌ラーメン・・・出来るだけ野菜を多く入れました

絹さやインゲンの卵とじ・・・


ホイコーロー・・・(豆板醤が少し多かったようで、孫娘は「辛い!」と(*_*; )


味噌汁(絹さや、豆腐、なめこ、油揚げ)


竹輪の磯辺揚げ・・・

一人で寂しい夕食・・・でも、しっかり飲んでます(*^。^*) 🍺

孫が来た時には、「寿司が食べたい」「ペヤングも」という要望に応えて近くのスーパーで買ったお寿司とサザエの刺身で「ちょいとイッパイ🍺」。サザエはコリコリで絶品でした。ペヤングは孫が作りました<お湯を入れるだけですが・・・>

10日には家内が無事に帰ってきたのですが、実は私と同じような状況になりそうだったのです。
なんと羽田到着が30分遅れたのです。

私の時はカムチャッカ半島の火山噴火が影響し40分の遅れで神戸行きの便には乗れず、止む無く羽田で一夜を明かしました。疲労困憊で、ヘロヘロになりました。

家内の時も何故か30分の遅れ。もうダメかと思っていたら何と神戸行きの便も15分遅れになり、奇跡的に乗り継ぎが出来たのです。
その代わり、到着した国際線ターミナルから国内線ターミナルに移動した後は、搭乗口までひたすら走ったそうです。機内へのトランク預けの受付が終わっているため、二つのトランクと共に搭乗口まで走ったそうです。

(幸い、ANAの男性職員が二つのトランクを持ってくれたので、家内はひたすら走るのみ!)

走っている間、「膝がめっちゃ痛かった」と言っていました。( 可哀そう(>_<) )

10日夜遅く神戸空港に到着し、無事に家に帰りつきました。

(お帰り! 待ってたよ(^^♪ )

帰る飛行機では眠られず、胃の調子も良くないというので、家内のために雑炊を作りました。

2日後、さらに豆腐の味噌汁、エビチリ、カレースープも・・・。

帰国後も時差ボケがひどいようで、急に眠気が出たりしんどさもあるようでした。
疲れが十分に取れる間もなく、5月13日~14日にかけて広島に行きました。このニッサンの車🚗、さすがに広島(カープ)ですね。オジサンが乗っていました。

お義母さん(家内の母親)と久しぶりに面会。少し瘦せたようでしたが、様子は元気で話もできました。ただ、娘(家内)や私のことは分からなくなっているようでした。(*_*; やっぱり悲しい思いです。いつか私達も同じようになるのかな???

その後、お義姉さん(家内の姉)に呉方面へ連れていってもらいました。瀬戸内海は多数の島が点在していて、そのうちの蒲刈しもかまがり町の下島という島へ向かいました。
江戸時代、瀬戸内海の交通の要衝として公式の海駅に指定されていた所です。途中、広島G7サミットが行われる会場「プリンスホテル」も見えました。

蒲刈大橋を渡ってお降りるとすぐの「麒麟」というお店に入りました。昼食を予約していたそのお店では、看板になっている「キリン定食」をいただきました。かなり評判のお店で、揚げたての天ぷら<大エビ、ナス、シシトウ>と旬の野菜、大エビ揚げ、プリっぷりの刺身(鯛、ブリ、イカ、エンガワ)

刺身は驚くほど超新鮮で、弾力あるプリっぷりの刺身でした。これまで食べた刺身の中でも極超一級品でしたよ。🤤
お店には、これまた見事な欄間もありビックリ

 \(◎o◎)/!

この島は『ガーデンアイランド』と呼ばれ、島全体を庭園化する町づくりが行われています。島内には6つの文化施設があり、そのうちの3つの施設に行ってみました。

まずは、松濤園しょうとうえん

中には4つの館がありました。
『御馳走一番館』ごちそういちばんかんという歴史資料館から見ました。下蒲刈は江戸時代、広島藩を代表して『朝鮮通信使』という外交使節団をもてなした重要拠点。

朝鮮通信使は、江戸時代に朝鮮王朝から派遣された使節団で、その一行を迎えるための趣向を凝らした料理の数々は、日本のお・も・て・な・しの極みとも言えます。

続いて「あかりの館」。

松濤園から40~50m離れたところの「蘭島閣美術館」らんとうかくびじゅつかんにも入りました。和風の落ち着きある美術館で、日本建築の美しさを追求した総ヒノキ造りの美術館でした。荘厳な佇まいの本格的木造建築で、横山大観や福田平八郎・須田國太郎など日本の近代絵画を代表する作家の作品をはじめ、海や松など瀬戸内海の美を描いたものなどを収蔵展示していました。撮影禁止のため、写真はありません。

続いて、「白雪楼」はくせつろう。50段ほどの石段を登ります。老体3人にはキツイ!!(*_*;

入場券(400円と、とても安い!)を買うと抹茶と御菓子を茶室で楽しめるというサービスがついてきます。抹茶だけでも400円は安いのに!上がってみると、なるほど!  
2階からの景色はすばらしく、海風も心地よく畳の上に寝転んで昼寝したくなるようでした。

可愛らしい小島が見えました。なんか癒されますね(^^♪

天井には、全面に白い文字で漢詩?が描かれていました。建物の説明文のようでした。

抹茶を飲む和室には、壁が回転する「どんでん返し」(可動壁)がある、とのことでしたが、気が付きませんでした。このような和室の実例は現在ほとんど残っていない貴重な建物だそうで、残念ながら見逃してしまいました。(>_<)

車に戻り、次の島へ向かいました。場所は、呉市豊町ゆたかまち御手洗みたらい

地元の歴史好きなお爺さんと出会い、話している間にこの町の歴史をかなり詳しく説明してくれました。まるで下のWikipediaのようでした。歴史通ですね。他にはない色々と工夫した鬼瓦があることも教えてくれました。(^^♪

以下は、Wikipediaより
御手洗(みたらい)は、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島広島県呉市)の港町1994年(平成6年)に重要伝統的建造物群保存地区として選定された(全国で38番目の選定)。 

「御手洗」の名の由来はいくつか伝承として残っている。

御手洗いの井戸
  • 菅原道真昌泰4年(901年)大宰府に左遷されたとき、この地に船を着け天神山の麓で手を洗い口をすすぎお祈りした。その手を洗った井戸は元々は神功皇后の伝承が主流だったが、のちに菅原道真の伝承が主流となった。その場所は天満宮として祀られ、その井戸が「菅公手洗いの井戸」として現存する。
  • 平清盛が上洛のときにこの地付近で嵐に遭遇した。清盛は手を洗い観音様に手を合わせたところ風波は止んだ。のち清盛はこれを感謝し、草庵を立て行基作の十一面観音を安置し、この地を御手洗と命名した。その草庵は満舟寺として現存する。
    中世、御手洗は港ではなく民家すらなかったが、なんらかの軍事的な拠点があったと推定されている。この島はこの頃「下島(あるいは御手洗島)」とよばれ
    伊予国三島領(大山祇神社領)であった。伊予国河野氏に属していた来島村上氏村上水軍)はこの地にあった「海関」で警護についていたという。室町時代後半に小早川氏がこの島を掌握するようになって以降、安芸国側となっていった。戦国時代中期、芸予諸島を掌握しようとした周防国大内氏が東から入ってきて、御手洗沖で大山祇神社大祝氏と幾度か合戦を起こしている。天正13年(1585年)四国攻めの際には加藤清正がこの地に前線基地を設けたと伝承に残り、その石垣が現存する。

ゆっくりとした時間が流れるレトロな空間でした。

以下は、ネット検索で見たページより
江戸時代、潮待ちや風待ちの港町として栄えた御手洗は、平成6年重要伝統的建造物群保存地区として国から選定されました。
 土地が狭いため数度にわたって埋め立てられた御手洗は、大小の商家、茶屋、船宿、住宅、神社、寺院などが混在し、集落中心路、集落連絡路、集落生活路(小路)等が網の目のように巡っています。また大波止、石橋、高燈籠、石垣護岸、雁木等、港町の生活上必要な土木的建造物が当時のまま現存しているものもあります。
 御手洗地区は17世紀の中頃形成されて以来、江戸時代の約200年間を経て昭和初期に至るまで、瀬戸内海交通の中継港として、時代時代に応じた発展を示し、その痕跡を今も集落内に留めています。
 また、ここでは、地元の観光ガイドが、歴史や文化について分かりやすく案内をしてくれます。」

この町は、映画「ドライブ・マイ・カー」のロケ地にもなったそうです。
早速町をあるいてみました。
地元のお爺さんが教えてくれた通り、確かに独自にデザインされた鬼瓦がたくさんありました。

江戸時代の高燈籠は台風被害のために「へいせいの高燈籠」に建て替えられたそうですが、石垣の一番手前に当時のままの石が残っていました。




鶴と亀の彫刻がされています。(江戸時代当時のままの石だそうです)

これも当時のままの石垣。(乱れ築きの石垣)

とびしま海道を満喫できた日になりました。次の機会があれば、もっとゆっくり散策したいと思いました。もう、神戸に帰る時間です。瀬戸内の島々ともお別れです。良い一日を有難う・・・、またね✋(@^^)/~~~